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東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)13号 判決

原告

山田策次

右訴訟代理人弁理士

頼広弘三

被告

特許庁長官

片山石郎

右指定代理人通商産業技官

永田浩一

外二名

主文

特許庁が昭和五〇年一一月二七日同庁昭和四五年審判第七〇一七号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈略〉

第二  請求原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四一年一月二六日特許庁に対し、名称を「たがねなどの叩打装置」とする考案につき実用新案登録出願をしたが、同四五年五月二八日拒絶査定を受けた。そこで、原告は同四五年七月二三日審判の請求をし、同年審判第七〇一七号事件として審理されたが、同五〇年一一月二七日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同五一年一月一五日原告に送達された。

二  本願考案の要旨

原動機の回転運動を外側シリンダ内における内側シリンダの直線的往復運動に転換し、内側シリンダ内に嵌装され自由運動するピストンのロツド下端で、外側シリンダ下端に装入せるたがねの頭部を叩打せしめる装置において、内側シリンダ内のピストンの自由に行動し得るシリンダ中心線方向の空隙長さを、内側シリンダのストロークの長さのおよそ半分程度とすることを特徴とする、たがねの叩打装置

三  審決理由の要点

本願考案の要旨は、前項のとおりである。これに対し、英国特許第五四七八一四号明細書(以下「引用例」という。)には、原動機の回転運動を外側シリンダ内における内側シリンダの直線的往復運動に転換し、内側シリンダ内に嵌装された自由運動するピストンのロツド下端で、外側シリンダ下端に装入せる工具の頭部を叩打せしめる装置において、内側シリンダ内のピストンの自由に行動し得るシリンダ中心線方向の空隙長さを、内側シリンダのストロークの長さの約0.59倍とすることを特徴とする工具の叩打装置について、当業者が容易に実施できる程度に記載されている。

そこで両者の構成を比較すると、いずれも工具の自動叩打装置であつて、本願考案が、内側シリンダ内のピストンの自由に行動し得るシリンダ中心線方向の空隙長さを、内側シリンダのストローク長さのおよそ半分程度にするのに対して、引用例のものは0.59倍である点で構成上相違があるほか他のすべての構成が両者に共通する。

ところで、本願考案の要旨にいう、およそ半分程度という構成は、その明細書の記載からみて必ずしも0.5倍だけを意味するものではなく、その比率を中にして適当な幅があることを指すものと解される。そうだとすれば、この構成は引用例記載の0.59倍の比率と特にへだたるところがない上に、引用例の叩打装置もそのような構成により自由ピストンが効率よく工具を叩打し得るものと認められるから、結局、本願考案は引用例記載のものと技術的に同一に帰するものと認められる。したがつて、本願考案は実用新案法第三条第一項第三号の規定により、実用新案登録を受けることができない。

四  審決取消事由

審決には、次のとおり、引用例の技術内容の認定を誤り、ひいては引用例と本願考案とは技術的に同一と誤認した違法があるから、取消されねばならない。

引用例には、内側シリンダ内のピストンの自由に運動できるシリンダ中心線方向の空隙の長さを、内側シリンダのストロークの長さの0.59倍とする点については、クレームには勿論、発明の詳細な説明中にも全く触れるところがない。また、添付図面のそれがたまたま0.59倍になつていたとしても、実施例の図解として偶然符合したものであつて、その構成として示されたものではないことはいうまでもない。したがつて、引用例のものは右空隙長さを内側シリンダのストローク長さの約0.59倍とする技術思想をもたないものである。それゆえ、引用例においてこれが開示されているものとし、右長さを約半分とすることを最も重要な構成要件とする本願考案と技術的に同一とした審決の判断は誤りである。

第三  被告の答弁〈以下、省略〉

理由

一請求原因一、二、三項の事実については当事者間に争いがない。

二そこで審決取消事由の有無について判断する。

〈証拠〉によると、引用例の明細書中には、クレームないし発明の詳細な説明もしくは図面の解説としても、内側シリンダ内のピストンの自由に行動し得るシリンダ中心線方向の空隙長さを内側シリンダのストローク長さの約0.59倍とすることは全く記載されておらず、これら二つの長さの比率について言及した記載もない。もつとも、引用例には被告主張のような図面が添付されていることが認められる。しかしながら、その添付図面は、いわゆる設計図ではないことからも、また上記明細書の記載に徴しても、引用例における装置各部分の寸法比率までも実施上採用すべきものとして描かれたものとは到底認められない。したがつて、引用例の添付図面に描かれた内側シリンダ内のピストンの自由に行動し得るシリンダ中心線方向の空隙長さが、内側シリンダのストローク長さの約0.59倍と測定できるとしても、実施例の図示が偶然そのような寸法となつたにすぎないのであつて このことから直ちに引用例が右の空隙長さと内側シリンダのストローク長さとの比率約0.59倍、すなわちおよそ半分とする技術思想を開示していると認めることはできない。

被告はたがねの叩打装置の技術常識として当然右技術思想が前提になつているものとすべきだと主張するけれども、これを認めるに足りる証拠は見当らない。

そうすると、審決は引用例の技術内容の認定を誤り、ひいては本願考案と引用例とを技術的に同一に帰すると誤認したものというべく、違法であつて取消を免れない。〈以下、省略〉

(杉本良吉 舟本信光 石井彦壽)

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